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お知らせ暗号資産保有者の会計処理
【目次】
昨今、ビットコインやイーサリアムを始めとする暗号資産を保有する事業者または暗号資産が関連する取引の重要性が増しており、会計の世界においても暗号資産の保有に関連する処理についての検討が行われ各種団体がガイドラインやルールを設定しています。
日本においても2022年3月15日に企業会計基準委員会が「資金決済法上の暗号資産又は金融商品取引法上の電子記録移転権利に該当するICOトークンの発行及び保有に係る会計処理に関する論点の整理」を発行し、暗号資産の保有者における会計処理についての考察及び検討がなされているところですが、本稿では、シンガポールにおける暗号資産の保有者に係る会計処理及び税務処理について現在確認されているルールをおさらいします。
シンガポールでは国際財務報告基準(IFRS)に準じたシンガポール財務報告基準(FRS)が発行されていますが、IFRS及びFRSでは暗号資産の保有に関する個別の会計基準は現時点で発行されていません。
他方、シンガポール会計士協会(Institute of Singapore Chartered Accountants, ISCA)は2020年3月に「ISCA Financial Reporting Guidance 2 (“FRG 2”) (*1) Accounting for Cryptoassets: From a Holder’s Perspective」を発行しており、これが暗号資産の保有(*2) に係る会計処理のガイダンスを提供しています。
(*1) ISCAは会計上の論点についての技術的な見解や見識及び各分野・業界のベストプラクティスを共有するために財務報告ガイダンス (Financial Reporting Guidances, FRGs) を発行しています。このFRGsは強制されるものではありませんが、会計基準に合致するものであり、シンガポールの会計実務上、遵守が期待されるものとされています。
(*2) FRG2の前文において暗号資産の発行者側の会計処理に係るガイダンスは後日、別個のFRGとして発行する予定であることが言及されています。
1. 暗号資産の分類
「ISCA Financial Reporting Guidance 2 (“FRG 2”) Accounting for Cryptoassets: From a Holder’s Perspective」では、暗号資産を以下の表の 4 種類に分類した上で、それぞれに適用される可能性のある個別の財務報告基準または会計処理を整理しています。
| 暗号資産の分類 | 説明 |
|---|---|
| 暗号通貨 (Cryptocurrencies) | セキュリティのために暗号を使用するデジタル通貨または仮想通貨。暗号通貨はこのセキュリティ機能により偽造が困難です。暗号通貨の特徴であり、その一番の魅力は、中央当局によって発行されないため、理論上、政府の干渉や操作の影響を免れることです。 暗号通貨は、商品やサービスの取得、または資金の移動として使用されます。 |
| ユーティリティトークン (Utility tokens) | ユーティリティトークンは保有者に商品またはサービスへのアクセス権を提供します。 |
| アセットトークン (Asset tokens) | アセットトークンは保有者に資産への権利を提供します。資産への権利は「トークン化」によって多くの保有者に分割されます。この方法で、発 行されたトークンは原資産への権利を示します。トークン化される資産の例は、不動産から絵画のような珍しい収集品、知的財産(ライセンスに対する権利を表章しロイヤルティの分配を自動化したりすることができる)が挙げられます。 |
| セキュリティトークン (Security tokens) | セキュリティトークンは保有者に証券への権利を提供します。セキュリティトークンは例えば保有者に将来の利益やキャッシュフローを共有する権利を与えるなど、発行体の負債や株式に対する持株と性質が似ている。 |
2. 暗号資産の会計処理
暗号資産の会計処理を考える上で各暗号資産に付随する権利義務を慎重に評価することが必要ですが、個別に暗号資産について取り扱う会計基準は現状発行されていませんので、最も適切な会計基準あるいは会計方針を選択することが重要です。
以下、暗号資産分類別に FRG2 で挙げられている適用すべきと考えられている会計基準を要約しました。
暗号通貨について考えられる会計上の分類は、現状以下の 2 種類に整理されています。
a. 棚卸資産
暗号通貨が通常の事業の過程で、売却目的で保有されている場合は、FRS 2 Inventories 棚卸資産が適用されます。また、FRS 2 Inventories 棚卸資産では、コモディティのトレーダーに対して、その保有する棚卸資産を公正価値から売却コストを差し引いた金額( fair value less costs to sell.)で測定することを求めており、暗号通貨のトレーダーにも同様の会計処理が求められると考えられています。
b. 無形資産
上述の棚卸資産に該当しない場合は、保有暗号資産は、原則として、FRS 38 Intangible Assets 無形資産が適用されます。無形資産が適用される場合、会計方針としてコストモデルと再評価モデルの 2 つの測定方法が存在します。コストモデルは無形資産を取得原価から減価償却累計額及び減損損失累計額を控除した金額で測定する方法です。再評価モデルは無形資産を公正価値により測定する方法です。
後者の再評価モデルは活発な市場の存在等により公正価値を継続的に測定可能な場合に、選択可能とされています。
ユーティリティトークンについて考えられる会計上の分類は、現状以下の 5 種類に整理されています。 a. 棚卸資産
上述の暗号通貨と同様の理由でユーティリティトークンは棚卸資産として取り扱われる場合があります。
b. 無形資産
上述の暗号通貨と同様の理由でユーティリティトークンは無形資産として取り扱われる場合があります。
c. 金融商品
状況によって、あるユーティリティトークンは、非金融商品の売買契約を表す場合があり、その場合は FRS 109 Financial Instruments 金融商品が適用されます。金融商品が適用される場合、ユーティリティトークンは公正価値あるいは償却原価による測定が求められます。
d. 前払費用
上述の会計基準が適用されない場合は、ユーティリティトークンを財・サービスの取得のための前払いとして認識することが述べられています。
前払費用は対応する財・サービスの取得時に償却・費用化されます。また、ユーティリティトークン取得時にすでに費用が発生している場合は、当該取得時に費用が認識されます。
e. リース
ユーティリティトークンの保有が資産に対する使用権を表章する場合に、リース会計が適用されることが述べられています。
アセットトークンについては、トークンの原資産を参照し、会計上の分類が定められます。
FRG2 では、トークンがあるビルの特定のユニットに対する所有権を表す場合を事例として挙げており、会計処理として固定資産として取り扱うことが述べられています。
セキュリティトークン(金融商品の定義を満たすもの)については、FRS 109 Financial Instruments 金融商品が適適用されます。FRG2 では、トークンがあるオフィスビルから生じる利益に対する持分を表す場合を事例として挙げています。当該事例では、オフィスビルの所有権そのものはトークンの発行者に帰属することが述べられています。
最後に、暗号資産の特性を評価した結果、適用がふさわしい会計基準が存在しないと結論づける場合は、FRS 8 Accounting Policies, Changes in Accounting Estimates and Errors 会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬に基づき、適切で信頼できる情報をもたらす会計方針を選択適用しなければなりません。
3. サマリー
| 暗号資産の分類 | 適用される FRS |
|---|---|
| 暗号通貨 (Cryptocurrencies) | FRS 2 Inventories 棚卸資産 ・暗号資産の保有が通常の事業活動で販売することを目的としている場合。または、会社が暗号通貨のブローカー・トレーダーである場合。 ・正味実現可能価額か原価のどちらか低い方で評価。 ・ブローカー・トレーダーとして保有する棚卸資産の場合、公正価値から売却コストを控除した金額で評価。 FRS 38 Intangible Assets 無形資産 ・無形資産の定義を満たしかつ資産認識要件を満たす場合で、棚卸資産に該当しない場合。 ・コストモデルを採用する場合、原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除して測定。 ・再評価モデル1を採用する場合、再評価日における公正価値から、その後の減価償却累計額及び減損損失累計額を控除 して測定。 |
| ユーティリティトークン (Utility tokens) | FRS 32 Financial Instruments: Presentation and FRS 109 Financial Instruments 金融商品 ・暗号資産が、現金や他の金融商品、あるいは金融商品の交換によって純決済できる非金融商品の売買契約を表す場合。 ・金融資産の分類に応じて、償却原価、FVTPL2または FVTOCI3で測定。 FRS 2 Inventories 棚卸資産 ・暗号資産の保有が通常の事業活動で販売することを目的としている場合。または、会社が暗号通貨のブローカー・トレーダーである場合。 ・正味実現可能価額か原価のどちらか低い方で評価。 ・ブローカー・トレーダーとして保有する棚卸資産の場合、公正価値から売却コストを控除した金額で評価。 FRS 38 Intangible Assets 無形資産 ・無形資産の定義を満たしかつ資産認識要件を満たす場合で、FRS2 または FRS109 が該当しない場合。 ・コストモデルを採用する場合、原価から減価償却累計額と減損損失累計額を控除して測定。 ・再評価モデル(*3)を採用する場合、再評価日における公正価値から、その後の減価償却累計額及び減損損失累計額を控除して FRS 116 Leases リース ・リース期間について原資産を使用する権利を表章する場合。 Prepayment 前払費用 ・会社が物品を入手する、またはサービスを受ける権利を取得する前に行う支払いを表章する場合。 |
| アセットトークン (Asset tokens) | FRS relevant to underlying asset ・アセットトークンに係る原資産に関連する会計基準が適用される。 |
| セキュリティトークン (Security tokens) | FRS 32 Financial Instruments: Presentation and FRS 109 Financial Instruments 金融商品 ・金融資産の分類に応じて、償却原価、FVTPL (*4)または FVTOCI (*5) で測定。 |
(*3) 企業は、活発な市場を参照して暗号資産の公正価値を決定できる場合に限り、再評価モデルを保有する暗号資産に適用できます。
(*4) Fair value through profit or loss。金融資産を公正価値で評価し評価差額を損益として認識する方法。
(*5) Fair value through other comprehensive income。金融資産を公正価値で評価し評価差額を包括利益として認識する方法。
【おわりに】
今回は、暗号資産保有者の会計処理について解説しました。
暗号資産は依然として普及の過程にありますが、その用途は決済や資金調達を超え、DeFi(分散型金融)や NFT、セキュリティトークンなど新たな分野へと拡大しています。また、日本では 2025年度の税制改正に向け、暗号資産の課税制度の見直しが検討されており、金融庁は 6 月末を目途に制度の妥当性を検証する方針を示しています。暗号資産を巡る税制の変化は、会計処理や 開示のあり方にも影響を与える可能性があるため、今後の議論の行方が注目されます。
これらの動向を踏まえると、暗号資産に関連する適切な会計処理や開示の必要性はますます高まり、株主や貸手である金融機関などのステークホルダーの関心も強まることが予想されます。今後の規制や会計基準の変更を適切に把握し、対応していくことが重要となるでしょう。
About the writer
浦野 伸吾
【経歴】
公認会計士(日本)
Accredited Tax Practitioner (GST)
関 西 学 院 大 学 商 学 部 卒 。2008 年にあずさ監査法人に入所し、多様な業種の国内企業の監査業務 に従事 し た後 、 2015年にオランダ ロッテルダムのエラスムス大学へ留学し MBA 経営学修士)を取得、2016 年よりASA Professionals Singapore 。 日 本 国 公 認 会 計 士 の 他 、Accredited Tax Practitioner(GST) の資格を有し、日系企業の海外進出支援、海外ファンド管理や Web3/暗号資産事業者等の会計税務や財務に関するアドバイザリー業務に従事している。
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