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「居住者」判定の基準について
新型コロナウィルス感染症による渡航規制もほぼ解除され、ビジネスや観光等の目的でシンガポールを訪れる渡航者が増えており、街中は賑わいをみせています。
渡航規制が緩和されるに従い、事業、教育、財産承継など様々な目的での移住相談や問い合わせが増加しています。そのような相談の中で必ず頂く質問があります。それは、「日本の非居住者になるには183日シンガポールに滞在すれば良いのですよね?」「私は日本の非居住者に該当しますか?」「日本の非居住者になりたいのですが、日本に何日滞在してよいですか?」という居住者判定に関する質問です。
「居住者」の判定をする場合、滞在日数は最も重要な要素であることに間違いはありません。ただ、1年の半分以上を海外に滞在すると日本の非居住者に該当するという安易な考えは危険です。前述のような質問に対して「183日海外に滞在したとしても必ず日本の非居住者になる訳ではありません」と回答しています。この居住者判定については誤解をしやすい税務論点の一つです。これは日本の居住者判定については日本の国内法による区分と租税条約による区分とがあり複雑になっていることと、租税条約上では更に居住者判定とは別に所得の種類に応じて課税される国が判定されることが誤解を招いているものと推察されます。
今回は日本の居住者判定について解説します。
【目次】
【国内法による区分】
日本の所得税法は、納税義務者を次のように区分しています。
- 個人: 居住者(更に永住者、非永住者)、非居住者
- 法人: 内国法人、外国法人
このうち、非居住者は「居住者以外の個人(所法2①五)」と定義されており、居住者は「国内に住所を有し、又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人(所法2①三)」と定義されています。したがって、所得税における居住者と非居住者の区分を決める重要な概念は「住所」と「居所」になります。ここでいう「住所」については所得税法基本通達2-1に「人の生活の本拠をいい、生活の本拠であるかどうかは、客観的事実によって判定する」とあり、住所の概念は日本の民法上の住所の概念を借用しています(民法22条)。
また、民法上の住所の概念については、「客観的な事実、すなわち住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他親族を有するか否か、資産の所在等に基づき判定するのが相当(最高裁昭和63年7月15日判決)」とされており、①住居、②職業、③国内において生計を一にする配偶者その他親族を有するか否か、④資産の所在等の4つの要素に基づく総合判定になっています。過去の税務訴訟においても、居住者判定を争った事案では、この4要素に基づいて居住性の判定が行われています。
ここで注目すべきは、居住者の定義について、「183日以上日本国内に滞在する者」などという滞在日数に関する所得税法の規定は存在しないということです。つまり、183日以上、日本国外に滞在した場合、日本において所得税が課税されないという認識は誤っていることがわかります。所得税法上の明確な規定はないものの、滞在日数は、実務上、居住性を判定する最も重要な要素として採用されています。
【租税条約による区分】
租税条約上、居住者の定義は基本的に各国国内法に規定することとされています(OECDモデル租税条約1条)。このため、双方の国において居住者となるケースも存在します。このような場合、例えば日本シンガポール租税条約では次の基準順に判定することとなっています(日星租税条約第4条)。
- 人的及び経済的関係等の重要な利害関係の中心
- 恒久的住居の所在地
- 国籍
- 両国の権限のある当局が合意によって解決
以上の通り、租税条約においても、日本の国内法と同様、「183日」という日数のみを基準とした判定は出てこないことが分かります。
【183日ルール】
日本の所得税法、租税条約ともに居住者判定の際に「183日」という滞在日数にかかる規定や条項を謳っていないことがご理解いただけたと思います。それではなぜ「183日」という数字が出てくるのでしょうか。
その理由は、世界の国々において、居住者、非居住者の判定に関し、日本と異なる基準を採用している国々が多数存在し、その場合に多く用いられている判定基準が「183日」であるためです。また、日本が締結する租税条約が定める短期滞在者免税規定が、「183日以内の相手国での滞在」を一つの要件としているため、183日以上海外に滞在すれば日本において所得税が課税されないという誤解を生んでいると考えられます。そのため、183日以上を日本国外に滞在する場合でも、日本居住者として認定される可能性もあるため、ご留意ください。
シンガポールにおいては、1年のうち183日以上滞在する者は、シンガポールのTax Residentとしてシンガポールで生じる所得に対して所得税が課税されます。
また、日星租税条約の第15条の給与所得の項では、一方の締結国の居住者が他方の締結国内において行う勤務について取得する報酬については、次の(a)から(c)までに掲げることを条件として、当該一方の締結国においてのみ租税を課することができるとされており、(a)では183日という数値基準が用いられています(なお、この給与所得には役員報酬が含まれていませんので注意が必要です)。
- 報酬の受領者が継続するいかなる12箇月の期間においても合計183日を超えない期間当該他方
の締結国内に滞在すること。 - 報酬が当該他方の締結国の居住者でない雇用者又はこれに代わる者から支払われるものであ
ること。 - 報酬が雇用者の当該他方の締結国内に有する恒久的施設又は固定的施設によって負担される
ものでないこと
【シンガポールに居住する方で日本の居住者判定に関し留意すべき方】
①日本法人の取締役等の役員以外の方で、②出向等でシンガポールに183日以上滞在している方は、日星租税条約の第15条の給与所得の条項から給与所得についての課税が整理されているため、一般的には居住者判定についてあまり気にされる必要が無いと思われます。一方、租税条約の給与所得条項の範疇外の所得を得ている方(特に企業オーナーや日本の法人の取締役)は留意すべきといえるでしょう。
【おわりに】
これまでの様々な判決において、居住性の判定は日数のみでは無く、住居、職業、国内において生計を一にする配偶者その他親族を有するか否か、資産の所在等から総合的に判定されてきました。複数ある判定要素の中でも、日本の居住者判定を行う場合は、まず滞在日数を慎重に検討する必要があります。日本の国税局は、出入国記録や日系の航空会社の登場記録などを調査し、年間で日本に何日滞在したか、どのような経路で日本を往来しているかを事実確認します。ご相談をいただいたクライアントへの助言として、各国の滞在日数を順に並べて日本が1位(滞在に数が最も多い国)ではないこと、日本滞在日数は2桁に数にすることをお伝えしています。昨今は、コロナによる渡航規制もなく出国、海外出張できない特別の理由が経たなくなりました。新年にあたり、海外出張の予定など計画される際には、滞在日数にご留意頂いた上で、日本の居住者判定を行っていただくことをお勧めします。
About the writer
片岡 宏将
【経歴】
静岡大学大学院人文社会科学研究科修了。2002年アタックス税理士法人に入社し、法人の税務顧問業務を中心に中小企業から上場会社まで幅広い法人を担当。
クライアントとの直接対話をモットーに、税務顧問、国際税務業務、税務コンサルティング業務等のプロジェクトマネージャーに従事。2019年5月よりASA Professionals Singaporeで、日本とシンガポール間における法人税や資産税にかかるクロスボーダー案件を担当。
