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海運優遇税制 源泉税の免除申請
海運業界では、大手オペレーターをはじめとして、船主、船舶管理会社、船舶機器メーカー、船舶ブローカーといった海事クラスター企業がシンガポールに進出しております。日本からも多くの海事クラスター企業が進出しており、シンガポールと日本は海運業界においても重要なパートナーです。
昨今の海運業界の状況を振り返ると、2020年に感染が世界中に拡大したCOVID-19により、各国が急速な感染封じ込め策としてロックダウンを実施した結果 、ロジスティクスに混乱が生じ、コンテナ運賃を中心に傭船料の上昇を招きました。また、その後各国が金利を上昇させていく中、低金利政策を維持した日本と米国の金利差の拡大を背景とした円安が継続した状況となっており、日本の海運業界にとっては追い風となっていると思われます。一方で、鉄の価格高騰や船台の不足に起因する船価の高騰により、船舶の取得や移動が難しい状況になっており、またシンガポールでは賃料や人件費などの物価上昇やシンガポール法人を維持するためのコストも増大するなど、ネガティブな状況も確認されております。
しかし、シンガポールはかねてより海運優遇税制をはじめとした国策により海事クラスター企業を誘致してきており、その傾向に変化はなく、日本と比較すると税制の優位性は顕著であることを考えると、今後も日本の海事クラスター企業のシンガポール進出のトレンドは継続していくものと思われます。
数ある海運優遇税制の中で、特に有名なものはMSI-SRS (Income Tax Act section 13A)とMSI-AIS (Income Tax Act section 13E)でありますが、今回は源泉税免除申請(Withholding Tax (WHT) exemption on interest and related payments made in respect of arrangements obtained to finance the purchase or construction of vessels) について、説明します。
【目次】
1.源泉税免除申請の概要
シンガポール法人が海外から借入を行う場合、原則として法人が支払う利息に対して源泉税が徴収され
ます。日本から借入を行う場合には、日星租税条約に基づき10%の源泉税が徴収されます。
また、船舶を保有するシンガポール法人であるオペレーターおよび船主が金融機関と締結する金銭消費貸借契約書においては、利息支払時にシンガポールにて源泉徴収される場合に金融機関の手取額が源泉徴収前の金額となるように貸出利率または金利を修正する、いわゆるグロスアップ条項が設定されているものが散見されます。したがって、利息に源泉税が課される場合、借手の調達コストが高くなる可能性もあるため、特に日本の銀行やリース会社等と結びつきが強い日本のオペレーターおよび船主にとって利息に対する源泉徴収はキャッシュ・フローに対して大きな影響を与えます。
そのような背景からシンガポール法人が船舶保有を目的として借入を行う場合、一定の要件を満たす借入については、Maritime & Port Authority of Singapore(以下、「MPA」という)に所定の届出書を提出および申請することによって自動的に源泉徴収が免除される制度です。
上記制度は 2026 年 12 月 31 日以前に締結 された要件を満たす借入契約に適用されますが、これまでも継続して同制度が延長されています。
2.源泉税免除の要件について
1) 対象法人
- MSI-Shipping Enterprise (Singapore Registry of Ships) (MSI -SRS)
- MSI-Approved International Shipping Enterprise (MSI -AIS) companies
- MSI-Maritime Leasing (Ship) [MSI-ML(Ship)] entities
2) 対象となる取引
シンガポール船籍として、登録、仮登録または登録予定の船舶の建造資金や船舶を航行可能な状態にするために発生した検査や証明に関する費用、また改造工事およびそれに伴う適格要件を満たす器具備品の取得に関する取引が対象となります。船舶は新造船、中古船の取得どちらも対象です。
また、シンガポール船籍の船を保有するSPVを100%取得するための資金等のビークルを通じて間接的に所有するケースについても対象となります。
借入金は日本の銀行からの新規借入のケースが多いですが、債務引継 (Novation)、リファイナンス、ブリッジローンも対象で、かつ、借入先は銀行以外の親会社や関係会社等の法人からの借入も含まれており、対象は広範囲となっております。
3) 必要条件
①源泉税の負担者は借入人(シンガポール法人)であること
前述した通り、船舶を保有するシンガポール法人であるオペレーターや船主が金融機関と締結する金銭消費貸借契約書においては、源泉税の負担者が借入人と定められています。このようなケースでは源泉税がシンガポール法人の追加コストとなっているため条件を満たしますが、源泉税の負担者が借入人ではなく貸付人である場合、そもそも船舶を保有するシンガポール法人の追加コストとなりませんので、源泉税免除の条件を満たさないことになります。
②Competitive Financeの入手
源泉税免除申請において、所謂 Competitive Financeと呼ばれる「シンガポール島外から借入を行う正当な事由(Reason why the Financing Arrangement was not obtained totally from Singapore-based lenders or Singapore entities) 」が求められます。ここでは、シンガポール島内の金融機関から借入を受けることができなかった、または、シンガポール島内の金融機関からの借入の条件がシンガポール島外の金融機関からの借入の条件より劣ることが、シンガポール島外から借入を行う正当な事由として見なされます。
従って、シンガポール島外の金融機関と借入契約締結の前に、事前にシンガポール島内の金融機関へ借入の申し込みを行う必要があります。
3.源泉税免除申請手続について
源泉税免除の適用を受ける場合 、申請者は源泉税免除申請書 ( Withholding Tax Exemption Ship Form)をMPAに提出する必要があります。
1) 源泉税免除に必要となる情報
源泉税免除申請書には取得する船の情報や借入金の情報が必要となりますので、以下の資料を準備します。
- Certificate of Singapore flag vessel registry
- 造船契約書
- 金銭消費貸借契約書
- 英文の金銭消費貸借契約書
- 借入金返済スケジュール
- Competitive Finance の情報
2) 申請期限
源泉税免除の適用を受ける場合、利息支払日の属する月の翌月の15日までに上記申請書を提出する必要があります。例えば、5月末の利払いから免除を受けたい場合、6月15日までに申請書の提出が必要です。従って、船の竣工直後の初回の利払い日から適用を受ける場合は、初回利払い日の属する月の翌月 15日が申請書提出期限となるので留意が必要です。
3) 提出方法
従来はメールベースで申請書フォーマットをMPAへ提出しておりましたが、2024年1月よりオンラインフォームでの提出に変更されています。
4) 申請手続終了後の留意点
以下の状況が発生した場合、再度MPAへの連絡が必要となります。
- 借入契約の期間や条件等、申請した情報に変更があった場合。実務上は再申請手続が必要となる。
- 申請した船の購入や建造が中止になった場合。
- 借入契約の早期終了、借入期間満了前に売船があった場合。MPAへ通知が必要となる。
なお、近年、円安が継続し米国金利も高止まりしている状況でありますが、借入期間中に借入通貨の変更が可能なマルチカレンシー条項のついた借入契約で、借入通貨変更を実行される事例が散見されす。通貨の変更においては、金利等の条件変更も同時に行われることが一般的ですが、その場合MPAへ源泉税の免除再申請手続を通貨変更の都度実行する必要があるので留意が必要です。
【おわりに】
今回は、海運業船舶取得の借入金に対する源泉税免除手続の概要について解説いたしました。源泉税は借入利息の10%が課されますので、キャッシュ・フローへの影響は決して少なくありません。
また、実際の免除手続においては、申請後はMPAの担当者とのメールや電話等にてClarificationが行われ
ることが通常ですので、時間の余裕を持って手続を進めて頂く必要があります。
About the writer
土井迫 宏樹
【経歴】
広島県出身。慶応義塾大学法学部政治学科卒。
2008年に有限責任 あずさ監査法人に入所し、地方銀行をはじめとした国内企業の会計監査業務に従事。2020年よりASA Professionals Singaporeにて日系企業のシンガポール進出支援や各種アドバイザリー業務、財務DDや株価評価等のFAS業務に従事している。
専門は海運業のクロスボーダー取引にかかる会計税務アドバイザリー。大のカープ・サンフレッチェファン。生まれ育った瀬戸内海の産業に携わり、多くの方をサポートできるよう、シンガポールの地で挑戦しています。
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