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ストックオプションに係る課税
今回は、ストックオプションに係る個人所得税課税についてお話します。ストックオプションは従業員や取締役等が、自社の株式をあらかじめ決められた価格で購入することができる権利のことです。会社の業績向上による株価上昇が従業員等の直接利益になることや、従業員が会社の株式を保有することが、会社の成長や業績向上に対するモチベーションアップにつながることを目的に導入されます。また、ストックオプションを導入する会社からみると、スタートアップ企業など資金力の問題により高額な給与を提示できない場合でも、将来における株式購入の権利を付与することで優秀な高度人材を採用することができます。日本においても、今年は、国税庁が5月30日に「ストックオプションに対する課税 (Q&A)(情報)」を公表し、信託型ストックオプションが権利行使時に給与課税される旨の取り扱いが明確にされました。また、来年度令和6年度税制改正案において、ストックオプションを行使する際に税優遇を受けられる上限額(現行1200万円)の引き上げが盛り込まれるなど、ストックオプションに係る税制が注目されています。
シンガポールでは、ストックオプションに対しどのような課税が行われるのでしょうか。シンガポールで勤務する期間にストックオプションを付与された場合やストックオプションを保有したまま日本に帰国、帰任等される場合にどのような課税が生じるのか見ていきます。
【目次】
1.シンガポールにおけるストックオプション制度
(1)Employee Share Options (ESOP)
ESOPとは、従業員等に対し、将来における一定の期間内に、あらかじめ定められた条件(価格や購入時
期等)で自社の株式を購入する権利を付与する制度です。ストックオプションも、このESOPに含まれます。
今回のニュースレターで扱うテーマはこのESOPになります。
(2)Employee Share Ownership (ESOW)
ESOWとは、従業員が雇用主である会社またはその親会社が発行する株式そのものを受け取る制度です。
会社が従業員に対し株式を購入するための現金を給付制度はESOWには含まない一方で、会社が一定期間経過後に株式を付与する株式報酬制度はESOWに含まれることになります。
2.シンガポールにおけるストックオプションに係る課税関係
(1)個人所得税課税
シンガポールにおいては、シンガポールに源泉のある所得に対し個人所得税が課税されます。シンガポールに源泉のある所得とは、シンガポール国内において生じた所得または稼得された所得をいいます。ストックオプションの場合、権利付与時、権利行使時、株式売却時と3つの時点における課税を整理する必要があり、表1のような課税関係となります。ストックオプションを付与された個人は、権利行使時に個人所得税課税を受けることになります。
また、過去に税制改正があり、ストックオプションを付与された時点における雇用契約や権利行使時の状況に応じ、表2のような課税関係となります。ストックオプションが付与された時点における雇用状況により、課税関係が異なるためご留意ください。
表1 .各時点におけるストックオプションの課税関係
| 時点 | 個人所得税課税 | 課税所得 |
| 権利付与時 | 課税なし | - |
| 権利行使時 | 課税あり | 権利行使時における株式の時価(市場価格)と権利行使価額との差額が課税所得となる |
| 株式売却時 | 課税なし | - |
表 2 .権利付与や権利行使の状況に応じたストックオプションに係る課税関係(権利行使に期間等の制約が設けられている場合)
① シンガポール内で雇用関係がある期間中に付与されたストックオプション
| 2002年12月31日以前に付与されたストックオプション | ストックオプションを付与された個人が、シンガポール国内で権利行使をした場合、またはシンガポール国内に雇用契約を維持した状態で権利行使をした場合には課税 |
| 2003年1月1日以降に付与されたストックオプション | ストックオプションを付与された個人の所在地や雇用契約にかかわらず、権利行使時に課税 |
② シンガポール内で雇用関係がない期間中に付与 されたストックオプション
| 2002年12月31日以前に権利行使されたストックオプション | ストックオプションを付与された個人が、シンガポール国内で権利行使をした場合、またはシンガポール国内に雇用契約を維持した状態で権利行使をした場合には課税 |
| 2003年1月1日以降に権利行使されたストックオプション | ストックオプションを付与された個人の所在地や雇用契約にかかわらず、権利行使時には課税対象外 |
表3 .ストックオプションから生じる所得の課税時期
① 権利行使に期間等の制約がない場合
権利行使を行った時点の属する年度において所得税が課税される。
② 権利行使に機関等の制約がある場合
| 売却に係る制限がない場合 | 売却に係る制限がある場合 | |
| 2002年12月31日以前に権利行使されたストックオプション※1 | 次のいずれかの時点の属する年度において所得税が課税される ・ESOPを権利行使した時点 ・ESOWに基づき株式が付与された時点 | |
| 2003年1月1日以降に権利行使されたストックオプション※2 | 次のいずれかの時点の属する年度において所得税が課税される ・ESOP を権利行使した時点 ・ESOWに基づき株式が付与された時点 | 売却に係る制限が解除された時点 |
※1 ESOPを権利行使する時点において、または、ESOWに基づき株式が付与される時点において、シ
ンガポールに滞在している、もしくは、シンガポールにおいて雇用契約を締結していなければなりません。
※2 シンガポールにおける雇用契約下にある間に、ESOPが権利行使される、またはESOWに基づき株式が付与されていなければなりません。
(2)みなし権利行使ルール(Deemed Excise Rule)
シンガポールを出国る時点において、権利行使していないストックオプションを保有している場合、「み
なし権利行使ルール」が適用され、税務精算時にすべてのストックオプションを権利行使したものとみなして個人所得税の申告及び納税を行う必要があります。実際にみなし権利行使ルールが適用される場合、課税されるみなし所得金額は、以下の日のいずれか遅い方の日における株式の市場価格から権利行使価額を控除し、権利行使により取得が見込まれる株数を乗じて算出することになります。
・雇用契約終了により就労ビザ(EP)をキャンセルする日(転籍日等)の1カ月前の日
・実際に権利が付与された日
みなし権利行使ルールの適用にあたっては、雇用主である会社は所得計算の根拠を具備する必要があります。
また、当然のことながら、みなし権利行使ルール適用により計算された所得金額と実際の権利行使によ
り確定する所得金額との間に差額が生じる可能性があります。権利行使時における株式の市場価格と比較し、みなし権利行使ルールの適用により申告した所得金額が大きい場合には、実際の株式取得価額に基づき再申告を行うことにより、税務精算時に納税した個人所得税の還付を受けることができます。ただし、再申告を行う場合には、みなし権利行使ルール適用した年度から4年以内に行う必要があるため注意が必要です。
(3)その他のインセンティブスキーム
ストックオプションに関連し、優遇税制が設けられていますので、2つご紹介をします。
① Equity Remuneration Incentive Scheme(ERIS)
ERISは、一定の要件を満たすことを要件として、ESOPやESOWから生じた所得の一部を減免する制度です。
ERISには次の3つの区分があります。
・シンガポールにて設立されたスタートアップ企業に勤務する従業員を対象にESOPやESOWから生じる所得の75%を免税とする制度
・シンガポールにて設立された時価総額1億シンガポールドル(以下、「SGD」)未満の法人に勤務する従業員を対象にESOPやESOWから生じる所得の50%を免税とする制度
・シンガポールにて設立された法人、外国法人のシンガポール支店に勤務する従業員を対象にESOPやESOWから生じる所得のうち2,000SGDまでを免税、2,000SGDを超える所得につき25%を免税とする制度
② Employee Equity-based Remuneration Scheme(EEBR)
EEBRは、ESOPやESOWにあたり会社が保有する自己株式を従業員に付与する場合、自己株式取得に要した額を法人所得税額から税額控除できる制度です。税額控除する金額の算出に当たっては、自己株式の取得に要した費用を先入先出法や総平均法により算出し、従業員からの払込金額を差し引きして計算します。
3.日本におけるストックオプション課税との相違点
日本におけるストックオプションは、無償型、有償型、信託型、税制適格、税制非適格などの類型があります。通常は、権利行使時に給与課税を受けることになりますが、税制適格要件(租税特別措置法第 29条の2)を満たすストックオプションの場合には、権利行使時には給与課税は生じず、株式を売却する時点まで所得税課税が繰り延べられることになります。
税制適格要件の一つに、日本の会社法(第 238条第2項 )に基づき決議されたストックオプションである
ことが規定されています。したがって、日本居住者である個人が外国法人から付与されたストックオプションを有する場合には、税制非適格ストックオプションとして課税関係を整理することが想定されます。つまり、権利行使時および株式売却時の2つの時点において日本の所得税が課税されることになります。
権利行使時に給与所得、株式売却時に譲渡所得が生じることになります。
また、信託型ストックオプションについては、前述の2023年5月30日に国税庁が発行した「ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)」(以下、「Q&A」)において、所得税課税に係る取扱いが明記されました。税制非適格に該当する信託型ストックオプションは、権利行使した日の属する事業年度の給与所得として所得税が課税される旨、明記されています。従来は、信託型であれば、ストックオプションは形式上あくまで受託者である信託会社等に付与されるため、実務上、付与時および権利行使時いずれの時点においても所得税が課税されないという整理がされていただけに大きな反響を呼んでいます。上場前後の新興企業が信託型ストックオプションを既に導入しており、このQ&Aの公表を受けての動向が注目されます。
【おわりに】
今回はシンガポールにおけるストックオプションに係る個人所得税を取り上げてみました。今年の人事異動等によりシンガポール法人のストックオプションを保有したままシンガポール国外に異動する予定の方もいらっしゃると思います。ストックオプションを保有されている方は、参考にしていただければと思います。
About the writer
片岡 宏将
【経歴】
静岡大学大学院人文社会科学研究科修了。2002年アタックス税理士法人に入社し、法人の税務顧問業務を中心に中小企業から上場会社まで幅広い法人を担当。
クライアントとの直接対話をモットーに、税務顧問、国際税務業務、税務コンサルティング業務等のプロジェクトマネージャーに従事。2019年5月よりASA Professionals Singaporeで、日本とシンガポール間における法人税や資産税にかかるクロスボーダー案件を担当。
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